神の啓示あるいは
2月 20, 2009 · Posted in 日々雑記
大阪・島之内。
夜道に光る掲示板の前に、台車を引いたホームレスのオッサンが立ち止まっていた。
島之内教会の前には、他の寺社仏閣にもよく見られる、宗教者直筆のメッセージめいた毛筆の書が、定期的にアップデートされてガラスの入った掲示板に貼り出され、その蛍光灯の光が暗い夜の路面をぼんやりと青白く照らしていた。
台車に布団と鍋をくくり付け、その上に一匹の猫を乗せ、黒ずんだドテラを着込んだそのオッサンは、しばらく島之内教会の掲示板の前で立ち止まっていた。
オレは道の反対側を歩いていたが、掲示板を見ていたそのオッサンはオレの足音に気づいたのか、オレのほうをチラと見て、照れ笑いのような笑みを浮かべながら何度か首をかしげ、そのままキュルキュルと猫を乗せた台車を押してどこかへ行ってしまった。
オレに向けられた、あのオッサンの表情は何だったのか、あの照れ笑いとも諦観の念ともとれる皺だらけの笑顔は、どういう意味やろかと不思議に思った。
寒空の下、台車をキュルキュル押しながら、教会の掲示板に書かれた主イエス・キリストの「神の啓示」にふと目をやり、オッサンは何を感じ、何を思ったのだろう。
オレは、教会牧師が直筆で書いたであろう、またホームレスのオッサンに何らかの浄化作用を与えたかもしれない、そのメッセージを見たくなって、思わず道の反対側の教会の前に近寄ってみた。
・・・うそん。
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ダ・・・ダジャレ!?
オッサン、完全に「苦笑い」やったんやな・・・。
Comments
3 Responses to “神の啓示あるいは”
















わははははははははは。
小悪魔agehaの次はダジャレか(笑)
はははは。いやぁ大阪ですなぁ。
ここらやったら苦笑いどころか、教会職員総辞職問題まで発展しますよ。
笑い死ぬ、癒されたわぁある意味。
>ひぐ
当事者(牧師)が主なるキリストに関する、駄洒落を公に発表してしまう、というそのユルさがすごい。
>マサエ
お元気ですか?
せっかく思いついた駄洒落を、どうにも発表したかったんでしょうね。
乞食の苦笑いのために、職を辞す覚悟があったのかもしれません。ある意味、殉職。